いきる
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去年の冬口に、お仕事で外に出たら体が持たなかったっていうことがありました。
とても悔しくてボロボロ泣いて、ブログにも悔しいって書きました。

あれから半年、また今年も春の新しいコースが始まりました。
各国から災害対策をしている人たちが集まってきます。

タイムリーに中国からも防災を専門とする大学講師が来て報告していました。

地震、洪水、旱魃、地すべり、津波、ハリケーンに海水位上昇による水没。
それぞれの国にそれぞれの特徴的な災害があります。

今回、神戸の震災復興を担当されてきた方とご一緒しました。
長いスパンで見た復興で配慮するべき細かなことまでお聞きして、とても興味深く勉強になりました。

その方、神戸の震災復興を描いたあるビデオを見ると今でも涙が伝う、と言っていました。

この分野はとても難しいです。
自分のしてあげたいことではなく、必要とされることをしなくちゃいけません。
雑然とした情報の中で冷静さが必要とされます。
でもその根底には何か心から人を思う熱い気持ちが必要です。

もう体はすっかり元気です。
そろそろ再スタートを切りたいと思いました。

まだまだ、これからたくさん、私も頑張るのだ。

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みなみへ
plane
今回の出張は南へ。
大好きな土地です。

いつもと違う空港から。

小さな空港なのでかわいい小さなジェットです。


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ばーま、ちゃいな
ミャンマーのサイクロン災害、中国の大地震と
アジアで大規模災害が続いています。

何万人が死んだという数字の中に、その数だけの人生があり
その数の数十倍ものその人を想う人がいます。
どこで起こっても同じです、思いがけず命を奪われる
災害で亡くなるそれは寿命ではないのです。

私は癌患者ですが、お仕事で出合った方の
「災害で死ぬのは病気で死ぬのよりも哀しい」という言葉に納得しました。
心残りをする間もなく、悲しむ間もなく、無残な姿で亡くなります。

災害はある程度は防ぐことが出来ます。
それを防災といいます。
技術的なことだけではなく、その場所の建築物の構造などの文化的背景や
経済・政治・社会構造などの社会的背景など、色々なものが絡み合います。

「支援」という言葉も難しく、よかれという善意が足を引っ張ることもあります。
災害の起こった場所で適切な支援を配置し元の生活に戻す
それを災害復興支援といいます。

数年前、研修でビルマに行きました。
アジアでもラオやカンボジアと並んで貧しい国に数えられると思います。
でも景色は美しく、敬虔な仏教国で、遺跡郡が生活の傍にある魅力的な国でした。
人ははにかみがちで、ロンジーという独特の民族衣装をみなまとっています。

普通に接している分には分からないのですが、少し長く居ると違和感を感じました。
開放感がないというか、言わずにいること、私達に見せてはいけない部分があること
そんなことをうっすら感じさせる国でした。
町も人も穏やかに見えるのに、軍事政権というのはそういうものなのでしょう。

正直、科学技術の発展がとても遅れた国でした。
その上今回の被害でも国外からの援助を拒んでいます。
復興が上手く行くかわかりません。

ビルマで同じ分野の科学者、政府関係者、国際NGOなど色んな人と話す中で様々な様子が浮かび上がってきました。
ビルマだけ採っても、科学だけ専門にしていては実際に機能しないと思いました。
さらに場所が変わればまたそこに別の条件があります。

先方の専門家と話したとき「では私は何をすればいいのでしょう」と聞きました。
よい専門家になってください、そして関心を持ち続けて行動してください。
と伝えられました。

すこし自信はないですし、その人の期待したような形ではなくなりましたが
その言葉は忘れていません。

宜しかったらみなさんも、災害を人ごとでなく考えてみてください。


追記:
この記事は、ミャンマーを批判したい訳でも、救援物資や募金を促すものでもありません。
それぞれ色んな場所に色んな背景があって、適切な災害復旧には支援側も冷静さが必要だということ、一時的に何かを糾弾して時間が経ったら忘れるのではなく、災害を心に留めておいて欲しいという気持ちです。
また人ごとではなく、自分の身にも起こる事として、小さくても対策を立てていただければ嬉しいです。

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きょうのそら
今回のフライトは夕暮れでした。
月がちょっぴりかけています。

そら3

そら2


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とんでとんで
まみ、飛行機が好きです。
小学生の頃憧れた職業のひとつにパイロットがあったくらい。

というか、今でも飛行機の免許はいつか取りたいと思っています。

小さな頃から放浪癖があり、よく迷子になる子供でした。
大人になってからも変わらず、移動をしていないと落ちつきません。
飛行機に初めて乗ったときのときめきは今も忘れません。
そしてあれから20年以上も経つのに、同じように胸が高鳴ります。

でも今回は特別なのです。

飛行機、約一年ぶりに乗ったのです。
もうすぐ病気が発覚して一年です。
あれ以来、遠方の出張に行くのは初めてでした。

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離陸後。本当はデジカメ起動×です

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雲を抜けた青の色がとても好きです。

そういえば、前の職場の説明会で航空安全法に携わった人が担当だったことがあります。
携帯電話やパソコンや、その頃流行ったたまごっちなんかを持ち込んで、
自分で計測機器を手作りして測定した話をとても生き生きと話してくれました。

採用訪問の初日に受付にいらして、一度お話しましたが
その後は全く関係のない局だったので会うことはありませんでした。
今も飛行機に乗るたびにあの人を思い出します。

おっと、思い出話をしてしまいました。

特に問題もないスムーズな出張だったのですが、自分では色々と感じることがありました。
これからどうしていけば一番いいのかなぁふたば

通りすがりの家のバラ。
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春ですね。あちこちに美しい光景があふれています。

みなさま、それでは楽しいGWをお過ごしくださいはずかちーv

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Nanjing
NNNドキュメント、好きなのです。
今日は南京大虐殺についてでした。

頭悪そうな書き方ですが、戦争は怖いと思いました。

妻子と普通の生活をしていた普通の心の農民が徴兵され、
食料もない極限の状況の中で上司に命令され
人をたくさん殺したそうです。

幼女が菓子を貰って喜ぶ姿に悲哀を感じる普通の人が、
銃撃された上に燃やされた人の上を銃剣で突いて回ったそうです。


前の職場で中国に行くことになったとき、旅程を企画していて
旅行会社の人に、帰りに文化研修で寄る場所をどこかひとつ
選んでくださいと言われ、まみは少し迷って南京を挙げました。

中高の授業でも、受験のための勉強で近代はさらっと流されました。
今とあまり関係ない受験に出るなんちゃら帝国よりも、
今生きている誰かの心などに影響している歴史のことを知りたかったです。

小学生の頃は、昔の人が犯した罪は自分には関係ないと思っていました。
でも今は、この国に生まれてこの国の人間として生きるのなら、
きちんと自分の国のことを知って、悪いことならその国の一人として
悔恨の気持ちを持っていたいと思います。

旅程の南京は上司と旅行会社の人にあえなく却下されました。
わざわざそんな所に行って嫌な思いをすることはない、と。

上司は「中国は嫌いなんだ」とも言っていました。
結局、都会でいいホテルに泊まって高級料理を食べて
観劇をして、歴史観光地に行く「文化研修」をしました。


虐殺はなかったという人や、負の歴史は忘れるべきという意見もあります。
でも自分では手を汚さない上官の命令に従うしかなく、
虐殺を行った普通の人達が苦しみながら送っただろう人生に対して、
勇気の告白に対して忘れるということはとても不躾だと思います。

世界では今もなお、驚くくらい多くの場所で紛争が起こって
毎日誰かが殺されています。
よく分かっていないかもしれませんが、それらが憎しみの心から
生まれたものならば、謝るということはとても大切なことだと思います。

もし再発せずにきちんと完治して、もしいつか希望していた職につける日が来たなら、人の心に平穏と希望を宿せる、そういう世の中を作る一端を担いたい、と思っています。

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けんりょく
まみ地方、今、夕方に白い巨塔の再放送をしています。
リアルタイム放映のときは見ていなかったのですが
いまさら、これはハマってしまいました。

おもしろーいアップロードファイル

自分がお医者さんにかかっていると、また見る目も違う気がします。
末期癌にかかったMRの女の人が転院させられる場面は涙涙ですアップロードファイル
今日、財前先生に誤診される患者さんが出てきて
これからクライマックスに入ってくるようです。

白い巨塔の魅力のひとつはエグイ権力闘争ですが、
こういうのってフィクションとして見ていると安心してみていられます。
実際に身近で見聞きするのは嫌だなぁ。

まみの前の仕事でも、ある地位を手に入れるために献金したとか、
何十年も一切逆らわずに忠犬のように我慢したとかげろげろー!
ばかばかしい話があふれていました。
その人たちから見るとまみは反抗的に写ったのでしょう。
学閥的には主流だったにもかかわらず、見事に里見先生のように左遷されました。

くそったれっ!!!

おっといけない、くちぎたないわ、まみさん。

まみの妹の友だちが舞台となった「浪速大学」の先生の娘さんなのですが
父親の指導する医者と結婚、まさに「くれない会」の人々みたいな生活をしておいでです。

色んな世界が実際にあるんだな、と思います。
知らなかったら絵空事みたいにしか聞こえなかったんだろうな。

東南アジアのある小さな村を訪問したとき、インフラのひとつが整備されて学校に行く時間が長くなったという意見がありました。
将来何になりたい?と聞くと、子供達が目を輝かせ発表してくれました。

最後に「みなさんのとても愛らしい希望が叶うように祈ります」と言うと、
広場で一緒に車座に集まった村人からわぁっと拍手が起こりました。
あまりにあたたかい光景で、涙がぽろっと出ました。

あの日の蒸し暑さや、埃っぽい空気に射した柔らかい午後の光、
私を取り囲んでいた子供達の甘い体臭。

まみはまみが幸せだと思うものや、大切にしたいと思うものに忠実でいようと思います。

余談ですが、在学中に大学の学長選があり、医学部のワンマン権力者が確定と言われていたのですが、蓋を開けると対抗馬として立候補した今の学長の圧勝だったそうです。

同じ防災の分野の先生だからというわけではないですが、研究業績としても社会に対する働きかけの姿勢としても、とてもいい人だと思います。
多分、みんなが自慢に思うことの出来る学長だと思います。

上に立つ人にはまっとうな人であって欲しいと思うと同時に、
選ぶ側にもよい人材を選ぶ目を持つ責任があるのだと思います。
そのためにも、おかしいと思った事はきちんと
口に出せる大人でいたいと思います。

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ちいさなしあわせ
最近、抗がん剤終了後も続いていた脱毛も収まり、
身体から抗がん剤がすっかり抜けてきたような気がしますはずかちーv
なにより、身体のあちこちにあった痛みやだるさ
疲れやすさがましになりました。

化学治療中はちょっと本を読んだり文章を打つだけでもすぐしんどくなって、
一時はこれって自分のサボリ癖なのかなアップロードファイルと思い悩みました。

でも脱毛が収まり、身体が楽になるにつれて
仕事がちょっとづつ長くできるようになってきました。

元々まみは内業がそんなに好きじゃありません。
就活でも、色んなところに出張や転勤ができて、
現場にも出る機会がたくさんある仕事に絞ってました。
どうもずっと部屋の中にじっとしているのが苦手なのですアップロードファイル

今はほんの少し、簡単なお仕事を手伝っているだけで完全な内業です。
でも、今はそんなことができるだけでも、とても幸せだと思います。

抗がん剤を受けている間、吐き気に苦しんで何日間も寝たきりだった頃。
少し歩いただけでめまいがして歩けず泣きそうになったこと。
身体がだるくて何もする気が起きず、無表情でぼーっとしていた日々のこと。

今、やっと集中力が持つようになってきて、
まだまだ要領はよくないけれど仕事が手につくようになってきたことは
あの日々を考えると何て幸せなのかと思います。


今日、今年初めて着たコートのポケットから、
ちょうど一年前の昨日の日付の航空券の半券がでてきました。
去年の一月末から二月末までは、海外二つに国内三つの出張でほとんど家には帰れませんでしたが、そういう日々がとっても楽しくて幸せでした。

あわただしいと言いながらも、その期間に撮られた写真の中のまみは目がキラキラして笑っています。

あの頃のまみが、今のまみを見たらつまらないと思うかもしれません。
でも、私、いま幸せです。

立春が過ぎてここ数日、小春日和が続きました。
こたつに入って地道に内業をしながら、窓の外のちょっと春めいた日差しを見てちょっとにっこりアップロードファイルしました。

キラキラした目はしていないかも知れないけれど、
心は穏やかで暖かな何かを抱いている気がします。


でもいつまでも内業はやっぱり嫌だから、はやく元気にならなくっちゃ
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パナママン
3,4年ほど連絡もとってなかった人と最近チャットをしています。
40がらみのかっぷくのいいおじさんです。

ふふ。
援交じゃないよ。

今日も病気と関係ないお話です。

このおじさんとは、まみが学生時代の最後の年に知り合いました。
おじさんはパナマ政府の技官さんで、研修に日本に来ていたのです。

パナマは地図で見ると、北アメリカと南アメリカをつなぐ細い陸地で、そのため、日本と同じように山がちな地形を持っています。
植生としては熱帯に入り、スミソニアンが研究所を持っていたりする興味深い自然を持つ国でもあります。
そうそう、パナマ運河で有名ですね。

ちょっとかたいな。

おじさんのいた研修コースの一部にまみも参加してたのですが、参加者各々が自国の現状を発表する機会が最初に設けられます。

その発表でおじさんは雨がしとしと降り続く崩れた山肌の映像を流し続けました。

何かわからず見ている参加者の前で、おじさんは言いました。


「あなたがたが見ているこの映像は
ただの雨が降る山肌ではありません
あなたが見ているこの崩れた土の下に、
この下にあった貧民街に住んでいた
二人の子供の亡骸が埋まっているのです」


雨が降り続けるだけの味気のないその映像を見て、今よりちょっと若いまみは胸が絞られるようでした。

おじさんは貧富の差が大きな自分の国のようなところでは、貧しい人が住む場所に危険が多いこと、そういった災害で亡くなる命があること、その災害で財産や生命が失われることがまた貧困層の損失となること、それでも自分たちの国は陽気で人々は幸せであること

なんかを日本にいる間、まみを未来のある技術者として話してくれました。

そして若い日のまみはその分野を志しました。
災害で悲しむ人たちを一人でもなくし、笑顔の毎日を保障すること
人の命の重みの平等、社会構造や文化的背景との関係性
おじさんは、まみの心を動かした人です。
チャットしてるとただの陽気なおじさんですけどね。

あれから日本でおじさんとおなじ分野の人たちに会いましたが、おじさんほど人の命の大切さとこのお仕事の役割を真剣に考え続けている人には、出会ったことがないと思います。

正直、まみは前の職場にいなかったら癌にはかかっていなかったと思うので、おじさんと出会わなかったら今頃ずっと幸せだったかもしれません。

でもそれでも、おじさんが伝えてくれたことを知ったことは良かったと思います。

もし、まみが長生きできずに再発や転移で死んだとして
もし生まれ変わることが出来たなら
おじさんの教えてくれたことは忘れずに
やはり、今と同じ分野で仕事をしたいと思っています。

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であい系
実はまみは結構知らない人に会うのが好きです。
年代や言葉の壁があっても、新しい誰かと一期一会の
一瞬を過ごすことに喜びを感じますオンプ

人生の中のほんの一瞬出会う人たちと交わす
そう長くはない会話の中に、その人の生き様や人となりが見える
そのことが面白くてまみはいろんな人と出会います。

通学の市バスで隣に座ったおばあさん
山奥で調査中にすれ違った地質調査のおじさん
ミャンマーのみやげ物売りのガキンチョさんたち
旅先のパン屋さんの割烹着のおばあちゃん
フランス語しか話せないのに道を尋ねてきたおばちゃん

たった一度の出会いでしたが、まみにとっては楽しい時間の記憶です。

かれこれ数年前に就職活動をしたときも、いろんな人と会えるので
かなり楽しんで活動をしていました。

当時はかなりの就職難で、民間企業でまみが就きたい職業は
ほぼ男子限定なために戦績的には厳しいものでしたが、
他大学の学生やさらには面接官の人と話すのも楽しくてたまりませんでした。

で、先日ひさびさの面接に行ってまいりました。
前職を辞めたときにして以来かれこれ一年数ヶ月ぶりです。

しばらくフリーでやってきたのですが、病気になり将来を考えると
どこかに所属しているほうが良いと思うようになりました。
小さい頃から長く希望していた仕事からはちょっとはなれますが、
一生きちんと自分の専門で働いていたいと思う気持ちの方が強いため、最善策なのではと思っています。

面接時に先方から調書がとられるので、健康欄にどう書くか散々迷いました。

癌の治療中って書くとまあ当然落とされるよなぁアップロードファイル
もうがん細胞はないはずだから「良好」でもウソにはならないかなぁ。
などという気持ちでしたが、行って見ると選択式で「特記事項あり」
というのがあり、さすがに嘘はてさてはつけずに正直に記入しました。

係の方には「健康状態によっては不採用になることがありますので」
といわれてしまい、大方無理と思われますアップロードファイル
結構な倍率の一次を通ったのに、うーん残念!!
他に来ていたのは男性ばかりだったので、まあ元々不利だしいっか。

でも最近おうちに引きこもっていて中々新しい人と話す機会がなかったので、面接官の人と話すの楽しかったです上heart03

面接と言っても、専門分野の知識とか考え方を聞かれるのですが
今までよく考えたこともないことを気づかされたり、
自分の中の漠然とした気持ちを言葉にしてみたり。
やっぱり誰かと出会うのは楽しいと思いました。

今回は残念な結果に終わりましたが、またしっかり探して
きちんと自分のお仕事を誇りを持って続けられる場所で、いろんな人と係わりを持って生きていける日が来ると待ち望んでいます。

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悔しい
前回の化学治療から二週間近く経っているので大丈夫だろうと思い、久しぶりに仕事で外に出て行きました。

病気がわかってから、出張も野外での仕事もしていません。
今日は出かけたと言っても屋内の会合に出席しただけなので、大丈夫だと思ったのです。

でも、最近体力が落ちてきていて、駄目でした。
途中から集中力がなくなって、座っているのが精一杯でした。

終わった後にいつも恒例の打ち上げがありました。
参加者の多くは官庁の天下りのおじ様方で、断然若いはずの私なのに、全然歩くスピードがついていきませんでした。
お店もいつもは話しながら歩いてすぐの距離だったのに、今日はいくら歩いても着きません。

一人遅れて歩いていて、悲しくて涙が出てきました。

私の分野は未だに女の人がとても少ない分野で、あからさまな差別が根強く残っています。
女であるというだけでこの分野の仕事はわからないものと頭ごなしに決め付けられます。
でもまみは自分の仕事が好きで、誇りを持っています。
今までは女でもちゃんと出来るのだと、必死に体力も能力も示そうとしてきました。

でも今はこんな平地を歩くのでも、おじさんにさえ追いつかない。
頭だって聞いているのが精一杯で、一つも発言さえしなかった。
こんなことさえ出来なくなってしまったのはどうして?

たとえ今だけとわかっていても、悔しくてたまりません。

学生時代は評価に全く関係なく、意識することがなかった性別が、社会に出た途端に根拠のない偏見によって足を引っ張るものになります。
一生懸命偏見と闘ってきましたが、弱り果ててしまいました。
今日はもう、寝て忘れます。

でもいいこともありました。
今日は二カ国から女性の参加者がいました。
途上国では性差よりも経済格差の影響が大きい、というのはあるのですが、とりあえず色んな国で女の人がこの分野で認められていくのは嬉しいです。

いつかこの国も、変わってくれるのかな。
その頃、私は生きているのかな。

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貧しさ・格差・差別
今日、デジカメのデータを整理していて思いがけない一枚を見つけました。

この日のことをまみはすごく覚えているのですが、写真があるとは思いませんでした。多分プレゼンに足りないので人から貰ったデータの中にあったようです。
お仕事で行ったある国の山村部です。

まみがこれを見て衝撃だったのは、この光景が自分の記憶の中でとても鮮明に焼きついているからです。
記憶の中に強く残っているあの一瞬が実際に、画像として切り取られている事に驚きました。
それは、向こうの土木作業現場で普段着とサンダルで埃まみれになって、スコップで土を掻き揚げている13、4歳の女の子でした。

まみも土木畑の人間ですが、監督や職人さんにはいても現場で力仕事を担当する女の人には会ったことがありません。
この写真の工事は小さなもので人夫さんも数人でしたが、その女の子はお手伝いという雰囲気ではありませんでした。
そして、その女の子はけして楽しそうというのではなく、日にやけて赤黒くなった埃だらけのカピカピの頬に汗を流して必死で働いていました。

ここはこの国で貧しい部類に入る山間部地方の、そのまた辺鄙な村です。
他のお仕事で会ったこの国の大都市の女の子たちは、綺麗な洋服と可愛いアクセサリーをしてとてもおしゃれで、何ヶ国語も流暢に話して、明るく優しく朗らかでとてもチャーミングでした。

この写真が撮られた時、まみは土を必死で掻き揚げている少女を見て、考えていたのです。

もしこの子がこの山奥の貧しい家でなく、裕福な家に生まれて勉強をできる機会が与えられれていれば、ノーベル賞をとる科学者になっていたかもしれない。
一国の長官になる才能と手腕をみせたかもしれない。

でもどんな可能性が眠っていたとしても、この子にそれが花開く環境が訪れることはないのだろうって。

まみのお仕事は、土木分野でも貧困と関係の深い分野です。
この分野を志した一因も、自分が頑張ってよい仕事をしてそういう問題を少しでも解決したいと思ったからです。
でもいくら頑張っても、このとき目の前にいた女の子をこの子が満足に幸せだと思うようにすることは不可能な事に無力感を覚えました。

この写真が撮られてからもう数年が経ちます。
まみの心の中は変わりませんが、志は随分弱くなりました。
まみ自身が前職で酷い目に遭い、体を壊してストレスから癌になり、人に何かをできるような事態ではなくなりました。

まみが弱くてごめんなさい。
あなた今どうしていますか。どうか挫けずにいてください。
まみもあきらめずにもう一度頑張ってみます。
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障害者自立支援法
最近、嬉しい出来事がありました。
障害者自立支援法が見直されることになったというニュースです。
実際には利用者にとって不便な条件になってしまっており、現実には自立をむしろ遠ざけるものでした。

自立支援っていい言葉ですよね。
でも、行政がこれを使うときは、支援ではなく、見放しのケースが殆どだと思っています。
財政緊縮の必要性が出たときに比較的簡単に切れるのが「支援」です。
気持ちはわかります。

まみもフォスタープランをしていましたが、前の仕事を辞めて収入が1/5になってしまい、打ち切りをお願いしました。

でも私は基本的に行政というものは、普通の人の幸せを保証するためにあるものだと思っています。
これは、たぶん考え方としては当たり前のことだと思います。
ただ、現実としてそう考えている人はごく僅かではないかと思います。

まみは学生時代の最後の年、この障害者自立支援法の反対運動にちょっと関わったことがあります。
作業所で働いているみなさん自身が街角に立ち、署名を集めました。
作業所のお給料、作業所の立地の安全性、知れば疑問に思うことが増えました。

人の幸せや安全を保証することが行政の仕事ではないのか?

寒い中、作業所のみなさんが街角に立って署名をお願いしても、この声は法律を決める人たちに届くのだろうか
法律を作る人たちは、作業所のみなさんの仕事場を思ったことがあるのか、生活を思ったことがあるのか
なら、私がその仕事をして、もっと普通の人が幸せに生きる世の中にしよう

私は土木・環境系なので直接は自立支援法とは関係ない分野です。
でも同じように自分の分野で国の中央に行き、悲しい思いをしたり不満を我慢する人を少なくするのだ思いました。

まみが前の仕事を選んだきっかけの障害者自立支援法、
結局はちょっとお手伝いしただけで役に立てませんでしたけども、そのニュースを聞いて本当にうれしかったです。

今日はちょっとまじめですね。
また前のお仕事の話はいつか書くことと思います。
私の病気を作った場所です。
今日は嬉しかった話だけで止めておきます。
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