samba do avião
前の記事のコメント返しを書いていて思い出しました。

ブラジルの有名な曲で、Samba do Aviãoというのがあります。
リオデジャネイロの元ガリアン空港に降りる飛行機の歌です。

まみ、何故か幼少時からブラジルに憧れていました。
サンパウロから来た子が「肉が安くて食べ放題」と言ったのが刷り込まれたのかもしれません。
でも日本と反対側にある国ですから、中々行くことができませんでした。

ずっと憧れていたブラジルに行くことが決まったとき、
ブラジルで初めて降り立つのはリオデジャネイロがいいと思っていました。
Samba do Aviãoで聞いていた光景を自分が体験したかったのです。

残念ながら最初に着いたのはサンパウロで、その上トランジットでリオに着いたときはもう夜闇の中でなーんにも見えませんでした。

でも、あのリオに降り立ったとき、初めて乗った飛行機にも負けないくらいの興奮でした。



海の隣
神よ、ティアゴよ、ウマイタよ
海の勇者の覆い
シャンゴー神よ、力を貸したまえ

私の魂が歌う、リオデジャネイロが見える
もう恋しくて胸が張り裂けそうだ
リオの終わりのない海岸、リオあなたは僕の為に創られた

両腕をグアナバラ湾に広げるキリスト像
このサンバはリオ、あなたのために私の愛が作った
若い娘がサンバを踊り、体をゆらす

空と太陽と海から成るリオ
「これからあと数分でガリアン空港に着陸します」
おお、リオデジャネイロ、リオデジャネイロ

このサンバはリオ、あなたのために私の愛が作った
若い娘がサンバを踊り、体をゆらす

「シートベルトを締めてください、着地体制に入ります」
海が輝いている、滑走路が近づいてきた
そうして今

着陸!


失ったもののいとしさに
つい悲しくなって泣いてしまいました
(歌詞の訳はあまり信じないで・・・アップロードファイル)
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とんでとんで
まみ、飛行機が好きです。
小学生の頃憧れた職業のひとつにパイロットがあったくらい。

というか、今でも飛行機の免許はいつか取りたいと思っています。

小さな頃から放浪癖があり、よく迷子になる子供でした。
大人になってからも変わらず、移動をしていないと落ちつきません。
飛行機に初めて乗ったときのときめきは今も忘れません。
そしてあれから20年以上も経つのに、同じように胸が高鳴ります。

でも今回は特別なのです。

飛行機、約一年ぶりに乗ったのです。
もうすぐ病気が発覚して一年です。
あれ以来、遠方の出張に行くのは初めてでした。

ririkugo2.jpg
離陸後。本当はデジカメ起動×です

seisouken.jpg
雲を抜けた青の色がとても好きです。

そういえば、前の職場の説明会で航空安全法に携わった人が担当だったことがあります。
携帯電話やパソコンや、その頃流行ったたまごっちなんかを持ち込んで、
自分で計測機器を手作りして測定した話をとても生き生きと話してくれました。

採用訪問の初日に受付にいらして、一度お話しましたが
その後は全く関係のない局だったので会うことはありませんでした。
今も飛行機に乗るたびにあの人を思い出します。

おっと、思い出話をしてしまいました。

特に問題もないスムーズな出張だったのですが、自分では色々と感じることがありました。
これからどうしていけば一番いいのかなぁふたば

通りすがりの家のバラ。
bara.jpg

春ですね。あちこちに美しい光景があふれています。

みなさま、それでは楽しいGWをお過ごしくださいはずかちーv

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宣伝 マサイの風Cafe
大阪中崎町の「蕾」に、毎月第三土曜日
「マサイの風Cafe」がオープンしています。

こだわり焙煎コーヒーのほか、パティシエのスイーツも。


coffee.jpg


「ブログに載せます」って言ったら半額になるフェアをやっていましたアップロードファイル

おっちゃ〜ん、約束は果たしたよぉピンクのハート

焙煎コーヒーも美味しかったです。
中崎町においでの方は是非アップロードファイル

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category:人々  

いたずらなひび
昔、病気にかかるずっと前、私は良く笑う
いたずらが好きな女の子でしたアップロードファイル


学生時代、まみは研究所で実験補助のバイトをしていました。
硝酸などで有機物を分解させるとき、酸素が入りすぎても
なさ過ぎてもいけないので、試験管の上にビー玉を置きます。

そのビー玉、色はラムネのビー玉みたいなのですが、
大きさが2.5cmくらいある結構大きなものなのですrainbow

それが大量に廃棄されることになって、欲しい人は貰っていいよということになりました。

まみの住んでいたマンション、昔は男の子達も女の子たちも外で遊んでいたのに、最近はおうちでゲームばかりしているのか、子供の姿を見ません。

ふと思いついて、誰も持って帰らないビー玉を大量に持ち帰りました。
次の日の朝、マンションの周辺、ちょっと目立たないところにビー玉をたくさん隠してみました。

植え込みの下に、木のうろに。
ブロック塀の上、側溝の網の隙間。
ゴミ箱の取っ手のくぼみ、花水木の枝の間。
思いつく場所がもうないほど、たくさんのビー玉を隠しました。
宝探しです。

夕方、小学校の帰宅時間と重なって帰ってくると、
マンションの周りには歓声を上げてビー玉を探す男の子、女の子達の声が響いていました。

「でけーーっアップロードファイル
「こっちにもあったよーーアップロードファイル
「あたしもふたつみつけたよーっアップロードファイル

まみの人生一番快心のいたずらです。

いたずらをすると、された人は笑います。
ちょっと怒ったようになる人でも、心の中は笑っています。
まみは人が笑う顔がとても好きだったのです。

人を笑わせるためには、自分も笑っていなきゃいけない気がします。

お腹の底から胃がよじれる位まで笑わせてくれた友だち、
もう一年ほど会っていません。


そういえばあの人も、いたずら好きな人でした。


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category:内面の変化   comment:34 trackback:0

ひそかにあうとかいて
密会。

なーんてはずかちーv

東京方面に行く機会があり、マナティさんゆうゆうさんにお会いすることが出来ましたアップロードファイル
お二人ともお忙しいなか、遠くまでお出向きいただいて有難うございました。

新宿御苑の芝生にシートをひいて、八重桜を見ながらのピクニックです桜
広場は、同じようにピクニックをする人出で賑っていました。

炊き込みご飯のお弁当を食べて、チョコケーキを食べて、ロールケーキを食べて、ポテロングを食べて(まみ限定)、マカロンを食べて、白い恋人を食べました。

食べて笑って、たくさんお話をして、気候はよくて雲
幸せってこういうことをいうのかなぁ、と思いました。
初めて会う方々と一緒にいてそう感じるってスゴイことですよね。

お二人とも、やっぱりブログで受ける感じと同じなのですよ。
ゆうゆうさんは、ちょっとこだわりのある奥様という雰囲気。
色々モテ話をご披露下さって、非モテまみも秘訣を盗もうとしましたが
素質が違うと断念アップロードファイル
頂いたお土産もおしゃれで洗練されている〜キラキラ2

一方マナティさん、コメントなどでも言わないことまで洞察なさって
びっくりすることが度々だったのですが、お会いして訳がよく解りました。
お気持ちの優しいマナティさんは、人の立場に立って心を寄り添えて下さるから人の気持ちを想像出来るのですねアップロードファイル

「大胆にして華麗」のイメージに更に「繊細」が加わり、ますますファンになりましたアップロードファイルハート6

ゆうゆうさんはほんわかお顔が山田美保子さんに似てる!と思いました。
マナティさんは運動される方に特有の、しっかり締まった肉体美でしたよ。
お二人ともよくぽっちゃり体型と御自分を揶揄なさってますが、全然!!
まみの方が全然意地汚く食いまくっておりましたアップロードファイル

奇しくも三人は全摘組。
興味はマナティさんの再建お乳に集まり、再建過程やエキスパンダの詳細などQ&Aが行われましたアップロードファイル
まみに至ってはマナティさんの再建前にお使いだったパッドを試着させていただきました。
すごーいリアルな感覚でしたよっ!!!

何をそんなに何時間もお話したのかわからないのですが、
時間はあっという間に夕方になり、お別れの時間になりました。
でもそんなに寂しくなかったです。

だって、きっとまたすぐにお会いできると思うので。
覚悟なさってらしてくださいねっアップロードファイル

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category:人々   comment:34 trackback:0

Nanjing
NNNドキュメント、好きなのです。
今日は南京大虐殺についてでした。

頭悪そうな書き方ですが、戦争は怖いと思いました。

妻子と普通の生活をしていた普通の心の農民が徴兵され、
食料もない極限の状況の中で上司に命令され
人をたくさん殺したそうです。

幼女が菓子を貰って喜ぶ姿に悲哀を感じる普通の人が、
銃撃された上に燃やされた人の上を銃剣で突いて回ったそうです。


前の職場で中国に行くことになったとき、旅程を企画していて
旅行会社の人に、帰りに文化研修で寄る場所をどこかひとつ
選んでくださいと言われ、まみは少し迷って南京を挙げました。

中高の授業でも、受験のための勉強で近代はさらっと流されました。
今とあまり関係ない受験に出るなんちゃら帝国よりも、
今生きている誰かの心などに影響している歴史のことを知りたかったです。

小学生の頃は、昔の人が犯した罪は自分には関係ないと思っていました。
でも今は、この国に生まれてこの国の人間として生きるのなら、
きちんと自分の国のことを知って、悪いことならその国の一人として
悔恨の気持ちを持っていたいと思います。

旅程の南京は上司と旅行会社の人にあえなく却下されました。
わざわざそんな所に行って嫌な思いをすることはない、と。

上司は「中国は嫌いなんだ」とも言っていました。
結局、都会でいいホテルに泊まって高級料理を食べて
観劇をして、歴史観光地に行く「文化研修」をしました。


虐殺はなかったという人や、負の歴史は忘れるべきという意見もあります。
でも自分では手を汚さない上官の命令に従うしかなく、
虐殺を行った普通の人達が苦しみながら送っただろう人生に対して、
勇気の告白に対して忘れるということはとても不躾だと思います。

世界では今もなお、驚くくらい多くの場所で紛争が起こって
毎日誰かが殺されています。
よく分かっていないかもしれませんが、それらが憎しみの心から
生まれたものならば、謝るということはとても大切なことだと思います。

もし再発せずにきちんと完治して、もしいつか希望していた職につける日が来たなら、人の心に平穏と希望を宿せる、そういう世の中を作る一端を担いたい、と思っています。

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category:お仕事   comment:24 trackback:0

つらいことだけじゃないの
ずいぶん暗いことを前回書いちゃいましたが
旅はとっても楽しかったです。

美味しいものをたくさん食べて(鳥天大好きアップロードファイル)
色んなキレイなは所に行って(海も山もキレイアップロードファイル)
楽しいものをたくさん見ました(子猿の可愛さは罪アップロードファイル)

その中でも嬉しかったのが、浴場デビューです。
くまくまさんに付き合っていただいた温泉デビューを皮切りに勇気がつき、
その後は1人でもすっかり平気になりました。

お風呂が好きなまみのために、友だちがバスタイムカバー
を以前贈ってくれていました。
今までは頭が頭なため出動の機会がありませんでしたが
脱ヅラも果たした今、必要なのは最初の第一歩でしたアップロードファイル

私自身はチクビもないぺたんこの大きな傷の胸、勿論もう平気です。
見たい人には見られても、それも平気だと思います。
でも正直、生はビックリする人もいますよね。
カバーはとってもありがたい存在です。

これを着けてお風呂に入るとどんな反応をされるかなー
と思っていましたが、意外にも誰も気にしないものですね。
むしろ拍子抜けしちゃいましたっアップロードファイルフンッ2

行きの船の中でも、仲良くなったおば様に船内でお風呂行く?
と聞かれて、「乳癌で片方お乳がないのでどうしようかなぁと思って」
とさらっと言えました。
おば様も、「じゃあ個室シャワーに入るといいわよ」
と普通に受け答えをしてくださいました。

最近、色々と考えてしまいます。
お仕事は最近あまりなく、在宅フリーのため職場はありません。
親ともしっくりいかず一人暮らしで普段はおうちに1人です。
彼氏もいなければ、病気を言ってないため友達の多くには会いません。

ふと、夜中に孤独だなと思います。
貯金も随分尽きてきました。
大学時代の友達の中で、私だけがみんなから離れて行っています。
一生懸命頑張って近づいていた職業も、
前職の悪意ある人達に邪魔されてしまいました。

思えば神様は随分散々な人生を用意してくれたものだと思います。

でも、きっと悪いことばかりじゃない。
いつかいい日が来るに違いない。
いつかきっと大事な友だちや好きな人に出会えるかもしれない。

そんなに悪いことばかりでもない、と思いたいのです。

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category:外見の変化   comment:20 trackback:0

こころ
ある日、突然いてもたってもいられなくなり、旅に出てみました。
昔っからの放浪癖が顔を出したようです。

温泉、海、山、鳥天、お魚、くまくまさん
まみの大好きなものがたくさんある(いらっしゃる)、大分です。
職場復帰前の貴重なお時間を丸一日、
くまくまさんに割いていただきました。

くまくまさん、華麗なドライビングテクで、色んな場所に
連れて行ってくださいました。
かなり面白系のくまくまさん。
ご一緒していると車の中に二人の笑いがこぼれます。

まみ、元は冗談好きな屈託なくよく笑う子でした。
お話していると、くまくまさんもよく笑われる、面白い方だと思います。
でもきっと私もくまくまさんも、あの頃の曇りのない笑顔には戻れない
そういう気がどこかでうっすら、しているのじゃないかと思います。

一日まるまる楽しいことばかりして、お天気も上々
素敵な景色や楽しいお話を満喫して。
夕闇の中、二人で足湯に浸りながらお話をしました。

長生きした老後を想像することが、今は希望になったこと。
一年先、五年先、十年先、遠い未来より近い未来を想うのに必死なこと。
これからどうなるのかって不安をどうしても消せないこと。
そして、昔のようにあっけらかんとした笑顔は取り戻せないこと。

病気になってよかったこと、たくさんあります。
くまくまさんはじめ、病気を通して皆さんとお知り合いになれたことや
病院で知り合った色々な方との出会い。
毎日の普通の日々が大切だと実感できること。

「この年で健康の話ばかりしてるとは思いませんでしたよねぇ」
「本当ですよね〜」
二人で笑ってしまいましたが、笑いの裏には乗り越えた
色んな想いがあります。

気がつくと負けそうになる心を平常に保つこと、病気になった人は
多かれ少なかれ、必死に頑張っているのだと思います。

頑張らずにその心を取り戻せるようになったとき
私にとってはその日が病気の完治という気がするのです。

それはもがいても、努力しても早く来てくれるものではなくて、
ただ待つものなのかなという気がします。

ある日、気がついたらふと心に宿っていた平穏のような
ふと心から去っていた不穏というような

気がついたらいつのまにか来ているような気がするその日が、
私にもくまくまさんにも、みなさんにもやって来ますように。


posted by pinkyrings
category:内面の変化   comment:20 trackback:0

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